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最初の技術的な進歩
1800年代の初めは、まだチーズ製造に関する科学技術的な研究はおおまかなものでしたが、1834年になって初めて、ナポレオン戦争後の経済発展に促されて、乳製品及び酪農品産業の状況についての最初の研究が行われました。
この研究は、ミラノ科学・文学・芸術協会が告示した牛乳の品質改良の目的で行われたコンクールをきっかけとしたものでした。
審査委員会は、2つの優秀な研究発表を表彰します。一つはルイジ・カッターネオの「チーズ製造所II caseificio」で、この序文の一部は既に当HPでも引用しています。もう一つはルイジ・ペレグリーニの「ロンバルディアのチーズの品質改良に関する報告書」です。これらについて、カルロ・ベザーナは「これらの研究は科学的局面は考慮に入れておらず、その点では間違っており未熟であるが、双方合わせるとローディのチーズ製造技術と南ロンバルディア地方の農業との関連を取り上げたという意味では、大変重要なものである。」と書いています。
そしてさらに、この研究の及ぼす影響と、他の学術論文についてのコメントを付け加えています。「結果として、ロンバルディアにおいて様々な人々が行ったこれらの研究により、チーズ製造法が実際に改善されたのである。」
そしてチーズ工場内部にも変化が起きてきました。最初の温度計が登場するようになり、牛乳の酸度についての知識も広がってきます。より強力で継続的な凝乳酵素が使用されるようになり、チーズの熟成にもより適した場所となるよう改善されました。
そして十九世紀末には、チーズが緑がかった色に出来上がるのは、牛乳のクリーム分離の際に使われる銅製の容器につく緑青が原因であることがわかり、“多くの人が頭をひねった問題”として、多くの製造業者の頭を悩ませました。
この発見は、価値が低落し、チーズの人気が下がってしまう原因となりました。 |
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